“書き方”の記憶を継ぐ筆順
Missing Link Letterform
人類が記憶を刻んだ洞窟の壁
そこに描かれたのは、言葉よりも先に、行動と感情を伝える“ストローク”の軌跡である。
文明の興隆とともに、記録は物語となり、やがて教義を広めるための書、聖書が編まれた。
グーテンベルクの活版印刷は、この聖なる言葉を広く届けるために生み出され、知の普及を加速させたが、同時に西洋は「筆による書」の存在感を静かに後景へと押しやった。
いま、AIという新たな表現者を得た時代に、私たちは、かつての“書の呼吸”を未来へと橋渡ししようとしています。
1. 「描かれる文字」と「書かれる文字」の違い
洞窟壁画は、行動と感情を同時に伝えました。
聖書の拡散には、文字を均一に押す活版印刷が必要でした。
デジタル化により文字はさらに輪郭だけの存在となり、「どう書いたか」は完全に失われました。
Missing Link Letterformとは、筆順と運筆の情報そのものを保持し活き活きと再生します。
2. AIが2バイト文字を苦手とする理由
例えばChatGTPなどで写真などを読み込ませて”ジブリ風”などで変換させると暖かく懐かしいイラストにしてくれます。
ほんとに便利なのですが、看板や提灯などに描かれた文字が国籍不明の文字に化けたりします。
それは文字は、なかでも漢字は“形”ではなく、“運動”だからです。
本技術は、「書く文字」と「打つ文字」の間に存在していた未定義の中間形態を再構成し、生成AIとの協調により次世代の文字表現を提案するものです。
これまでの画像ベースの構造分析は誤りであり、多くの画像処理技術は、完成された漢字の画像から輪郭を抽出し、そこからストローク順や構造を推定しています。
特に、“漢字を画像として捉え、そこから構造を逆算する”といったアプローチは、本質的に誤った手法であるという立場をとっています。
その証拠として、AIは画像に描かれた漢字の文字列をテキストとしては正しく認識できるのに、それを画像として正しくレンダリングできないという現象があります。
これは、AIが「意味」や「コードポイント」では正解を知っていても、「どう描くか」という筆順やストロークの構成を知らないことに起因します。
つまり、AI的には“正しく描いた”つもりでも、人間の視覚的な期待や文字文化に反した結果になるのです。
| 問題点 | 通常のAI認識 | 本来あるべき認識 |
|---|---|---|
| 構造理解不足 | 外見だけをトレースする | 筆順・運動を学習する |
| データの偏り | 英語中心の学習データ | CJK特有の書き方を網羅する |
| 表現の崩れ | 線の数・位置が乱れる | 正しいストローク順と強弱を反映する |
問題解決において、筆順を実装したシングルストロークフォントは極めて有効です。
シングルストロークフォントは、文字を一筆一筆のストロークとして記述し、それぞれに筆順・方向・筆圧・構造的つながりを持たせたデータ構造です。
これにより、AIに「形を描かせる」のではなく、「書くというプロセス」を伝えることができます。
→ 筆順ストロークデータ+文房四宝シミュレーションを組み合わせることで、文字を“書く”体験をAIに伝える。
3. Missing Link Letterformの技術基盤
ベクトルストローク × 筆記シミュレーション
一筆ごとに開始点・終了点・制御点・筆順を持つストロークデータとなります。
文房四宝(筆・墨・紙・硯)の物理・化学現象をモデリングについて。
筆のしなり・跳ね・掠れ
墨のコロイド拡がり
紙の吸水と繊維構造
などにより書道的な書きぶり(楷書・行書・草書)をシミュレーション。
さらに、日本・中国の歴史的な書道家たちの筆致データを収集・解析し、ストロークベースの変換技術により書風の再現を目指します。
| 書家 | 時代 | 主な書風 | 書風の印象 |
|---|---|---|---|
| 李斯 | 秦 | 小篆 | 秦の始皇帝に仕えた、小篆を確立。整然とした端正な線。 |
| 蔡邕 | 後漢 | 飛白体・隷書 | 飛白体を創出。隷書の柔らかな線質。 |
| 鐘繇 | 魏 | 楷書 | 初期楷書の確立者。骨太で端正な筆致。 |
| 王羲之 | 東晋 | 行書・草書 | しなやかで抑揚ある行書の運筆。流麗で格調高い。 |
| 王献之 | 東晋 | 行書・草書 | 王羲之より自由な筆遣い。柔らかく豊かな変化。 |
| 虞世南 | 初唐 | 楷書 | 端正で清新な楷書。品格ある正統派。 |
| 欧陽詢 | 初唐 | 楷書 | 鋭角で引き締まった楷書。緻密な構成美。 |
| 褚遂良 | 初唐 | 行書・楷書 | 流麗な行書と鋭い楷書を兼備。洗練された筆致。 |
| 顔真卿 | 中唐 | 楷書 | 力強く直情的な楷書。重厚な構成。 |
| 懐素 | 中唐 | 狂草(草書) | 疾走感と勢いのある草書体。飛動感あふれる線。 |
| 張旭 | 中唐 | 狂草(草書) | 激情的で舞うような狂草。激しい線運び。 |
| 空海 | 平安 | 三筆(仮名・漢字混合) | 唐風を学び、優雅な仮名と漢字を融合。 |
| 最澄 | 平安 | 三筆(仮名・漢字混合) | 仏教精神を感じさせる端正な筆跡。 |
| 蘇軾 | 宋 | 行書・草書 | 骨太で自然体な行書。爽快感のある筆遣い。 |
| 黄庭堅 | 宋 | 行書・草書 | 筆のねじれや強い筆圧によるダイナミズム。 |
| 徽宗 | 宋 | 瘦金体(独自の楷書) | 細く引き締まった独自の瘦金体。緊張感。 |
| 趙孟頫 | 元 | 楷書・行書・草書 | 古雅な趣と高い技術、復古的な筆法。 |
| 文徴明 | 明 | 行書・草書 | 優美な行書。柔らかで繊細な運筆。 |
| 董其昌 | 明 | 理論家・南北宗論 | 南北宗論を提唱。理知的で端正な行書。 |
| 劉庸 | 清 | 行書・楷書 | 端正で品格のある行書・楷書。重厚な筆致。 |
| 鄭燮 | 清 | 行書・篆隷 | 骨太で個性的な隷書・篆書。簡潔で雄渾。 |
| 伊秉綬 | 清 | 隷書・篆書 | 力感あふれる篆書・隷書。立体感のある筆致。 |
| 八大山人 | 清 | 行書・草書 | 孤高で奔放な行草書。自由な造形。 |
| 康有為 | 近代 | 碑学派(隷書・篆書重視) | 金石碑学に基づく重厚な筆致。古典回帰。 |
| 沈尹黙 | 近代 | 行書 | 静謐で洗練された行書。端整な美しさ。 |
| 林散之 | 近代 | 草書(現代草聖) | 現代的な躍動感と柔らかさを併せ持つ草書。 |
これらの試みは、単なる視覚的な模倣ではなく、ストローク単位での筆順・速度・圧力の傾向を反映し、AIやユーザーが筆跡の文化的文脈を理解しながら応用・変換できるように設計するべきであり、書家の筆跡を“スタイル”として選択し、自身の文字に適用することも可能です。これは書道文化のデジタルアーカイブとAI連携において極めて意義深い進展になります。
「書くプロセス」を保持する動的文字データベースの構築といえます。
4. 文化史の中での位置づけ
壁画、聖書、そしてAIへ──ストロークの系譜
| 時代 | 文字・ストロークのあり方 |
|---|---|
| 洞窟壁画(紀元前3万年) | 行動の直接描写(ストローク) |
| 紐結び(結縄文字)(紀元前5000年頃) | 紐の結び目・色で情報を記録 |
| 岩刻・土器文様(紀元前3000年頃) | 固体表面に線を刻み、象徴や感情を伝える |
| 象形文字(紀元前3000年頃) | 物の形を記号化し、物語や宗教を記録 |
| 楔形文字(紀元前3000年頃) | 粘土板にくさび形で情報を記録 |
| 紙・パピルス筆記(紀元前2000年頃〜) | 柔らかい媒体に筆記する文化の登場 |
| 手書き写本(中世) | 知識・宗教書を筆で手書きして保存 |
| 聖書・活版印刷(15世紀) | 形だけを押す文字(ブロック) |
| デジタル化(20世紀前半〜中盤) | ドット(ピクセル)で構成された文字(ラスターデータ) |
| デジタル化(20世紀後半) | アウトライン化、動きの消失 |
| 生成AI時代(21世紀) | 再び「書く動き」を取り戻す |
断絶した書の系譜を統合する挑戦といえます。
5. 応用領域
筆順データが拓く、新たな世界
| 分野 | 具体的応用 |
|---|---|
| 教育 | 筆順・筆圧ビジュアル教材、手書き学習 |
| AI画像生成 | 文字崩壊を防ぎ、自然な筆致表現 |
| 書道保存 | 書家別ストロークアーカイブ化 |
| 文化アーカイブ | 歴史的文書の筆致デジタル再現 |
| 医療・福祉 | 筆圧・筆跡パターンによる認知症予測 |
AI、教育、文化保存、アート──あらゆる分野と交わり、新しい「書」の可能性を拓くための試みです。
6. アプローチ
生成AI対応ストロークベース・フォントは
生成AIと日本語文字表現の橋渡しを目的とした、ストロークベースの筆順情報を起点とする再構成型フォント技術です。
とりわけ重要なの は、
「生成された漢字画像から構造を分析し再構成する」という一般的なアプローチを明確に否定し、その誤謬を論理的に排除する点にあります。
+ 画像から構造を推定するという誤解
現代の画像生成AIやOCR技術の多くは、出力された漢字画像の輪郭を元に「どこに線があるか」「どの部分が“はね”か」といった解析を行います。
しかし、このアプローチでは以下の問題を内包しています:筆順の情報が欠落しており、「どこからどう書いたか」がわからない
はね・とめ・はらいなどの形状が記号化され、運筆の流れとして再現されない
書道的文脈や筆記具・紙との物理的相互作用が考慮されていない
このような“静止画”としての文字認識は、筆跡を本質的に理解したとは言えず、単なる形状のトレースに過ぎません。
+ 正しいアプローチ:筆順付きストロークと文房四宝の統合
我々のアプローチは根本的に異なります。
出発点は、筆順を備えたストロークデータです。
再掲となりすが各ストロークはベジエ曲線などで定義され、開始点・終了点・制御点に加え、筆順情報が厳密に管理されています。
このデータを用いて、以下の文房四宝(筆・墨・紙・硯)**に関する物理・化学モデルを連携させます。
筆の弾性構造・毛の束の動き → 筆圧、速度、角度によって生まれる「はね」「はらい」の形状を再現
墨のコロイド的拡がりと水分量 → 線の太さ、掠れ、にじみなどを墨粒子の挙動としてシミュレート
紙の繊維構造と吸水性 → 墨が染み込む過程や、線の輪郭の“にじみ”再現
硯による墨の状態の変化 → 磨る時間や力による粒子径分布の違いを反映
これにより、ただ形を描くのではなく、「書かれるプロセス」自体を再構築することが可能になります。
+ 書の本質は運動である
文字は静的な記号ではなく、書くという運動の軌跡です。Missing Link Letterformでは、「筆が動き、墨が流れ、紙がそれを受け止める」一連の物理現象そのものを可視化・定量化・再現することを目指しています。
AIに書の本質を伝えるためには、「この形を描け」ではなく、「この順序でこの運筆を行え」という情報が必要です。そしてその中には、筆のしなり、掠れ、にじみ、跳ね返りといった書道としての美と意味が含まれます。
この思想により、本プロジェクトは画像生成AI、書道教育、筆跡鑑定、デジタル書芸、文化資産アーカイブなど多様な分野への応用が期待されます。
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