超広帯域マイクロ波レーダによるライニング材の内部可視化
Non-Destructive Evaluation of Chimney Lining Materials with Ultra-Wideband Microwave Radar

構造物内部を可視化するドローン搭載型マイクロ波センサ
構造物やインフラ設備の内部構造や動的変位を可視化するための電磁波技術を活用しています。目的に応じて最適な周波数帯を選定し、ドローンや地上型装置に搭載することで、非接触・非破壊・高分解能なセンシングを実現します。
煙突の鋼材内部に貼りめぐらせられた耐酸ライニング材内部の無数の空隙。その見えない構造を、超広域帯のマイクロ波を使って非接触・非破壊で探る新技術が登場しました。
TOF(Time of Flight)と呼ばれる到達時間のわずかな変化を高精度に測定し、内部の空隙分布や密度の違いを3Dで可視化。従来の目視やX線では困難だった耐酸ライニング材の内部構造解析を、よりリアルにり安全に実現します。
1. 共同研究による実証実験
大阪大学・出光興産・JFE商事エレクトロニクスとの共同で、高さ150mの煙突内部の劣化診断を目的とした実証実験を行いました。
ドローンに搭載したレーダは、光ファイバ制御によって地上から信号を発生させる方式で構成され、4GHz〜43GHzの超広帯域マイクロ波を照射します。
煙突内の耐酸ライニング材(レンガ・キャスタブルなど)の厚みや剥離、空洞の有無を非接触で把握できる画期的なシステムです。
2. 地上設置の光通信ユニットからドローンへ信号供給
本システムでは、電波の発生源となるマイクロ波信号を光通信技術を用いて地上で生成し、その信号を光ファイバ経由でドローンに供給します。
これにより、従来のように発振回路や重たいRFモジュールをドローンに搭載する必要がなくなり極めて軽量な送受信ユニット(フォトダイオード+アンテナ+検出器)だけで機能を実現可能となります。この構成はドローンの航続時間や機動性を大幅に向上させ、狭隘部や高所での飛行を可能にする大きな技術的メリットを持っています。

3. 非破壊・非接触で剥離・空洞・層厚を高精度診断
煙突内部に施工されている耐酸レンガやキャスタブル材といったライニング材は、時間経過や熱ストレスにより剥離や空洞化、厚みの変化が生じることがあります。
これまでは目視や打音検査といった主観的な手法が用いられていましたが、本技術では4〜40GHzの広帯域マイクロ波を利用することで、物質内部にある境界面の反射を捉え、ミリメートル単位でその位置と層厚を定量的に測定します。
これにより、ライニング材の浮き・劣化・脱落前兆を可視化し、保守管理の合理化と事前対応が可能になります。



4. TOFビジュアライザ(サンプル)
耐酸キャスタブル材の内部構造を、TOF(Time of Flight)型の仮想スキャン手法によって三次元的に再構成し、WebGLベースの点群可視化として表現しています。
TOFとは、電磁波が物質中を伝搬する際の到達時間を解析する手法であり、誘電率の違いによって生じる速度変化を反映するものです。
具体的には、個体内部では電波が遅く、空隙内部では速く進行するという原理に基づき、材料内部における微細な空隙構造や密度分布を推定することができます。
この原理を用いることで、空隙サイズや分布に起因する到達時間の差から、反射点や透過経路を三次元点群データとして再構築する一助となります。
シミュレーション画面に表示される各要素
青い粒子群: 検査対象となる物体(固体)を表します。中央には円筒形の空隙(または物性が異なる領域)が存在します。
境界色: 空隙の境界に近い粒子の色は、コントロールパネル(UI表示時に出現)のカラーピッカーで変更できます。
白い粒子平面 (パルス波): 検査に用いるパルス波(マイクロ波、ミリ波など)を表します。通常はこの色で移動します。
赤い粒子: パルス波が物体中央の空隙を通過している際に、粒子がこの色に変化します。
グレーの線: 検査対象の物体の外形(立方体)の辺を示します。
シミュレーション全体は、見やすいように自動でゆっくりとY軸周りに回転しています。
シミュレーション画面に表示される各要素
青い粒子群: 検査対象となる物体(固体)を表します。
中央には円筒形の空隙(または物性が異なる領域)が存在します。
境界色: 空隙の境界に近い粒子の色は、コントロールパネル(UI表示時に出現)のカラーピッカーで変更できます。
白い粒子平面 (パルス波): 検査に用いるパルス波(マイクロ波、ミリ波など)を表します。通常はこの色で移動します。
赤い粒子: パルス波が物体中央の空隙を通過している際に、粒子がこの色に変化します。
グレーの線: 検査対象の物体の外形(立方体)の辺を示します。
シミュレーション全体は、見やすいように自動でゆっくりとY軸周りに回転しています。
パルス照射
画面左上にある 「パルス照射」 ボタンをクリックしてください。
白色のパルス波(粒子平面)が画面左側から発生し、右側の物体に向かって移動を開始します。
パルスは物体内部で相互作用(速度変化、色変化)を起こし、指定された位置で反射して戻ってきます。
戻ってきた粒子は、開始地点に到達すると順次消えていきます。
再度ボタンをクリックすると、前のパルスはリセットされ、新しいパルスが照射されます。
5. 金属内壁環境でも有効な、反射強度・位相差解析
煙突内部は、完全な暗所かつGPS信号が一切届かない電波的閉鎖環境です。
ドローン側に搭載される可視光カメラの視界は、自機が搭載する貧弱なLEDライトのみで支えられており、画像処理ベースのVisual SLAMでは信頼性の高い特徴点が得られにくく、自己位置推定の継続が困難となります。
さらに、構造全体が金属製であるため、あらゆる電波が多重に反射(マルチパス)し、通常の距離センサやIMU、オドメトリ情報も誤差を蓄積しやすい環境です。加えて、高周波帯域(ミリ波〜準テラヘルツ波)における通信は、直進性が高く照射角が非常に狭いという特性を持っています。
煙突のような円筒状かつ閉所環境では、送受信アンテナ間の微細な角度ズレや姿勢変化によって通信品質が急激に劣化することが多く、外部からの制御信号やデータ転送も不安定になりがちです。
つまり、「暗くて」「狭くて」「電波が跳ね返りやすく」「通信も途切れやすい」という、電波による制御にとって最悪の条件が重なっているのです。
6. 空間マッピング法の考査
データと位置空間が正しくマッピングできなければ、それはただの自己満足でしかありません。
このような過酷な環境下でどうすれば実現できるのでしょうか?
一案として、ドローンに搭載されたレーダーが受信する電波の反射強度(振幅)と位相差をリアルタイムに高精度で解析し真の一次反射面のみを選別・抽出することで
・ドローンの空間的位置推定のアンカーとして機能
・飛行中の姿勢安定化と壁面追従制御をおこない
・独立した空間認識能力を保持するこの「自己完結型レーダーベースの位置認識」は、可視光にも、GPSにも、外部通信にも依存しないという点で、閉鎖空間におけるドローン飛行制御技術の新たなアプローチになると考えます。
7.最後に
空間でのマッピングという最大の課題が存在しています。
これに対し、近年ではドローンの自律飛行や遠隔操作によって煙突内部に侵入し、搭載されたレーダユニットが壁面の状態を連続的にスキャンする試みが始まっています。
このアプローチにより、作業者が危険な領域に立ち入ることなく、閉所・高所・高温後といった過酷な環境下でも、安全で迅速な点検が可能となりつつあります。
また、得られたデータをAIで解析することで、インフラの予知保全や維持管理のスマート化への道も開かれています。
しかし忘れてはならないのは、「データと現実の位置空間が正しくマッピングされていなければ、それは単なる自己満足に過ぎない」ということです。
たとえ高度なセンサや解析技術を用いたとしても、それが構造物上の“どこ”を示しているのかが曖昧であれば、診断結果の信頼性も保全判断も危うくなります。
こうした意味では、現時点での技術はまだ完成形とは言えず、制度面・運用面・精度面の多くの課題が残されています。
それでもなお、この分野は確実に進化しており、実地での検証と改善の積み重ねによって、未来の標準技術となる可能性を秘めています。
厳格な保全管理の体制・高度な知識のもとで行った実験は貴重な経験であり、今後この技術を推し進めるための正しい原動力となりました。
大阪大学からのプレスリリース